まったく新しいまちの美化運動
「アダプトプログラム」って何? (22003/11/15)
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平成5年4月発行の「ほっとかこがわ」第5号で「ポイ捨て症候群」と題する特集をした。その時、加古川市内のゴミが散乱している場所をくまなく見て回り、ゴミのポイ捨てにはある法則が存在することを書いた。「表から見える場所よりは、隠れた場所に捨てる」というのがそれだ。 植え込みの中とか、道路の溝、すこし入った場所など、あきらかに人目を避けてすてているケースが多かった。これはつまり、ゴミを捨てるという行為には必ず背徳心があるという現れだいうこともできる。では、なぜポイ捨てはなくならないのか? 面白い実例があるので紹介しよう。今から数年前、加古川の河川敷を散歩する犬飼い仲間が河川敷でスポーツドッグの大会を企画した。この大会をするにあたって、犬の糞や河川敷のゴミを掃除した。河川敷に設置されている井戸はヘドロがたまり異臭を発していたのでヘドロを除去し、自腹でホームセンターで砂利を買ってきて敷き詰めなおした。 ところが、この作業の数日後、井戸は河川敷でバーベキューをする一部の人により無残な状態になっていた。食い残した野菜や肉などが井戸に捨てられ、腐って異臭を放っている。それを見かけた犬飼い仲間は、せっかく自分たちがきれいにした場所を荒らされた気分でまた掃除を始めた。 そこへ、またゴミを捨てにきたバーベキュをしていた若い人たちのグループがいた。犬飼いの人はさすがに怒った。 そしてさらに数日後。また別のグループが井戸でバーベキューの食器を洗い、食べ残しを捨てた時、誰かが注意している。それは先日ゴミをした若いグループの一人だった。 この実例はなかなか面白い。まず、注意するときに「あくまで、自分が掃除した場所を汚すな」と怒っていたこと。それはお客様としての意識から、当事者としての意識の変革だと見て取れる。そして、自分が掃除したということは人から人へと伝わっていったということ。つまり、掃除することでこの公共の場所は、「自分に関係のない場所」から「自分に関係する場所」として意識されたのだ。 自分の家の中が汚れていて気にならない人は、まずいない。(最近TVで「ゴミ屋敷」とかいうのを見ることがあるが、それはまた別の問題であろう。これも興味深い事象があるがしそれはまた別の機会にでも…) つまり、ポイ捨ての意識とは、公共の場所が自分に関係ないという意識といえるのかもしれないということだ。 「アダプトプログラム」。なじみの薄い名前だが、これは1985年にアメリカのテキサス州で考えられた環境美化を推進するシステム。自分にとって特定の場所、それは自宅の前の一般道路でもよいし、よくいく公園、会社の近くで自分がお弁当を食べる公園でもいい。その特定の場所を自分の養子(アダプト)として、自治体に申請し掃除用具などの支援を受け、環境美化などの管理をするという制度だ。 つまり、自分にとってなじみの在る場所は、自分の家の延長のようなもの。よくいく公園にゴミが散乱していたら気持ちがよくない。それを自治体などがこの制度によってバックアップして、パートナーを結び美化を進めていこうという考えなのだ。 そのノウハウは1998年に日本でも導入され、その後全国各地の自治体で普及実践されている。2003年の現在、約130の自治体でこのプログラムは実践され、加古川市もそのうちのひとつだ。 加古川市ではこのプログラムを平成13年9月に導入。現在は13団体167名が活動している。町内会の有志やボランティア団体のほか、会社ぐるみで参加しているケースもある。 「アダプト・プログラム」は市民と行政が協働で進める、新しい「まちの美化プログラム」だが、この制度がさらに発展していけば、公共の場所は皆でつくりあげるというような「グラウンドワーク」の苗床としての可能性は高いのではないかと思える。
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