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個人を超える力
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アメリカニューヨーク、経済を象徴するかのような2つのタワーが瞬時に崩れ落ちた。 アメリカは、その報復という名のもと世論は戦争へと傾きつつあった。悲しみや恐怖は徐々に怒りに変わっていった。 そのとき、新聞に奇妙な全面広告が掲載される。 その広告には、広告主の名前すら書いていない、ただ真中に一行の文字が書かれているシンプルな内容だった。 そこにはこんな一文が書かれていた。 imagine a ll the people living for today… これはジョン・レノンの曲「イマジン」の一節である。 この全面広告は、戦争に反対する人々の間で、シンボル的な意味を持つ曲として放送局やイベント会場、ショップや喫茶店、あらゆる場所で流された。 いくつかのラジオ局はこの曲を「今の時期にはふさわしくない」という理由で自粛したが、むしろ、今の時期だからこそこの曲は必要だと流しつづけた局もあったという。 後に判明したこの全面広告のスポンサーは、亡きジョン・レノンの妻であり、伴侶でもあった前衛アーティストのオノ・ヨーコだった。 この事象で興味深いことは、全面広告の内容だ。たとえば戦争反対を訴えるなら、もっと文章を書くこともできたはずだ。新聞の全面のスペースには実に多くの文字がはいる。説得力や大衆を扇動したりすることも可能な充分なスペースなのだ。 ところがそのスペースのほとんどは、何も印刷されていない空白だった。ただ、その空白の中に一行の文字しか入っていなかった。 想像してごらん… みんなが今日のために生きていると・・・ しかし、この一行は、おそらくは一面を埋め尽くす文字の塊よりも効果的であったのではないかと思う。それは、新聞というメディアの力ではなく、「イマジン」という曲の力を体現しているのではないだろうか? このことをオノ・ヨーコは後にテレビのインタヴューでこう語っている。 「イマジン・・・想像してごらん、言葉の意味どおり、多くの人に想像してほしかったのです。想像することができれば、今私達は何をするべきか答えは見えてくるとおもうのです」 たった一行の言葉が多くの人の意識を収束させた。この事象を考えるとき、頭の中で日本の戦後のある一時期を想起せずにはいられない。 戦後、誰もが餓え、誰もが平等に不幸を抱えていた。 そんな焼け野原の中、生きる勇気を与えたのはアメリカが全国の公民館や学校を拠点に上映したアメリカ映画である。背丈よりも大きい冷蔵庫にはたっぷりの牛乳やバターが詰まっており、トースターが焼きたてのパンをはじき出す。お父さんは書斎を持ち、子供たちが勉強部屋を持つ、庭には青々とした芝生と寝そべる犬。 そんな夢のような裕福な世界。これはアメリカの文化を植え付ける政策だったともいわれているが、それでもこの映像が戦後の日本に夢と希望を与えたことは事実であろう。 また、焼け野原にどこからともなく聞こえる歌謡曲もあった。皆、そんな歌謡曲を口づさみながら、皆が抱える共通の不幸を跳ね除けようとガムシャラでいられたのだ。 これがメディアの力だ。 人に夢や希望や生きる活力を与える。明日は必ずそこに存在しているのだと気づかせる。人は一人ではないんだと理解させる。これはメディアの力なのだ。 |
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