「100人の村」。この作者不明の詩はインターネット時代の噂話とも言える。
誰かが意図的にせよ、著作権を放棄したものがメールで、あるいは掲示板で、またメーリングリストなどを媒体に人から人へと伝わっていき、いまでは本として出版されていたりもするのだ。
この事象について調べているサイトでは、興味深い仮説がたてられている。
この文章は大きく3つのパートから成り立ち、それぞれのパートは別の作者によって書き加えられたというのだ。
たしかにそう言われてみれば、詩全体に流れる考えには微妙なゆらぎを感じるような気もする。
いずれにせよ、名もない作者のつくった詩が世界規模で広がり、そして議論を呼んでいる。これはインターネットというメディアで個人が世界に与える影響の光と影を表している。
個人発のメッセージが世界に広がるという光の部分、平和を訴えるこの詩は、もしかしたらいつでも「罠」にもなりえるという影の部分。
だが、特筆すべきは、この詩が世界で議論を巻き起こす火種であったことではないかと思う。
この詩を読んで感動するもの、自分が恵まれていると安心するもの、「かわいそうな人」に恵んであげようと思うもの、詩の内容やそれらの感想に若干の嫌悪感をいだくもの、そんな多くの人がこの 1辺の詩から議論を戦わせている。それこそが重要なのではないかと思える。
100の村
もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、 全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。
その村には・・・ 57人のアジア人 21人のヨーロッパ人 14人の南北アメリカ人 8人のアフリカ人がいます
52人が女性です 48人が男性です 70人が有色人種で 30人が白人 70人がキリスト教以外の人で 30人がキリスト教
89人が異性愛者で 11人が同性愛者 6人が全世界の富の59%を所有し、 その6人ともがアメリカ国籍 80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません
50人は栄養失調に苦しみ 1人が瀕死の状態にあり 1人はいま、生まれようとしています 1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています
もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。
また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。
もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら・・あなたは今いきのこることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています。
もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度も体験したことがないのなら・・・あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています。
もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら・・・あなたは世界の30億人のひとたちより恵まれています。
もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています。
もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・・あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちのひとりです。
もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・それはとても稀なことです。
もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福をうけるでしょう。
なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて,その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。
昔の人がこう言いました。 わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。 お金に執着することなく、喜んで働きましょう。
かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。 誰もみていないかのごとく自由に踊りましょう。 誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌いましょう。
あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。
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